第16講 80点主義が仕事速度を最大にする

 

弁護士・公認会計士・通訳 黒川康正

 

  完全主義者は怠け者になりやすいという法則がある。
 彼は完全をめざす。だが、人間のやることに完全はないから、いつも満足感を得られず、挫折感さえ覚える。 挫折感が次の意欲をそぎ、怠惰にするのである。
 完全主義は時間効率もきわめて悪くする。仕事は、その80%~90%まではすんなりいっても、残りの10%のつめにものすごく手間どることがある。最後の10%の獲得に全精力の半分以上も費やすこともめずらしくない。
 したがって、残りの10%まで全部と成しとげようとする完全主義の効率は、最後にきて一気に大きくダウンしてしまう。
 こんなときの有効な処方は、ほんとうに重要でない最後の10%から20%はやる意義があるのか、80%達成でも十分ではないか、と考えることである。
 本当にそのときに100%までやる必要があるのか、残りはしなくてもよくないか、そこは本当に100点をとるべきポイントか。とりあえず80点でよしとし、先へ進んだほうが全体としての効率はよくないか……。
 そうした満点主義から80点主義への発想転換が、実は時間効率を飛躍的に高めることになる。
 80点主義の利点は、仕事の要領がよくわかり、まわりの状況がよくみえる点にある。最初に手をつけるべきこと、最後でいいこと、力を入れるべき箇所などが明確になる。
 また、途中で暗礁に乗りあげても、余裕があるので解決法を思いつくまでに時間がかからない。これが「なんとしても最後まですべてやりとげなくては……」という満点主義だと、視野がせまくなり迷路に入ったときの脱出に手間どる。
 この80点主義を裏づけるものとして「80対20の法則」がある。これは、発見者のイタリアの経済学者パレートにちなんで、「パレートの法則」とも呼ばれる。
 全社員の2割で総売上げの8割以上を稼いでいる、会議出席者のうちの20%の人の発言で全発言の80%以上を占める、全国土の2割の面積に全人口の8割以上の人が住んでいる……。あるグループの重要な項目は、全体の中で比較的小さな割合を構成し、その比率がおおむね80対20だという法則である。
 したがって、全必要時間の20%で全体の80%の仕事がこなせる。80点主義はそんな時間効率の恩恵が受けられる。逆に、満点主義は残りの20%をこなすために、80%の時間をかける必要があることになる。
 さしあたり重要な8割をこなしたら、残りはあとでもいい。そして余裕があったら8割を10割へ向けて少しでも改良すればいい。やらなくていいことは無理してやらない……。そう考えられる「健全な怠け心」を身につけたい。そんな健全な怠惰が時間効率をいちじるしくアップする。
 仕事というのは、陸上競技のハードル競技に似ている。走り高跳びとは違い、ハードルはギリギリで超えればいい。いや、必要以上に高く飛ぶことはスピードを失速させ有害でさえある。最小限のジャンプ(労力)ですませることが、最速でゴールへ着く必要条件である。
 しかし、満点主義(=完全主義)は、このハードルを、走り高跳びのように「高く」こなそうとする非効率をおかしていることになるのだ。