第15講 時間のかけどころを間違えない

 

弁護士・公認会計士・通訳 黒川康正


 努力がむくわれない理由、その3.は未熟な方法論である。
車を発進させるときには、ロー(低速)ギアでスタートする。しかしいつまでもローギアのままでは、どんなにエンジンをフル回転させても、時速40キロくらいまでしかでない。40キロの壁を破るには、エンジンのフル回転だけでは足りない。ギアをセカンド(中速)かトップ(高速)にすれば、それほどエンジンを回転させずとも自然に壁は破れる。
目標に向かっていて壁にぶつかったときは、単に努力の量(エンジンの回転数)を多くすることばかり考えずに方法論(ギア)に問題はないかチェックする時期がきたと考えるべきだ。日本人は努力という言葉を聞くと、質よりも量のほうに頭が行くらしく、結果を問わずに「努力をしたからいいじゃないか」とか「努力することが尊い」といったいい方をしがちだ。
 質をあまり考えなくても量で効果が多少はあがる時期もある。そういうときは量でこなしてもそれほど支障がない。だが量だけではこなせない時がやがてくる。そのとき、いつまでも量にこだわらないで、やり方を変えることを考えるべきである。量の努力だけでは車の片方の車輪しかないようなもの、やはり両輪なくしてスムーズな前進はむずかしい。
 つまり努力、努力といっても、できるだけ省力化して要領よくこなすに越したことはないのだが、日本では「要領よく」というと何かよくないイメージがつきまとう。「あいつは頭はよくないのに要領だけいい」というとき、それがホメ言葉であることはない。だが努力するとき、そこに効率ということを考えに入れない人は、結局は「労多くして功少ない」という結果しか引き出すことができないだろう。

 4.は中身がからっぽの努力である。

 何時間も机に向かい、目で字面を追ったり、筆記用具を動かしていても、中身がまったく伴なっていないというときがある。睡眠時間を削ったり、体調が悪かったり、精神的に疲労していて、起きてともかく机に向かっているのが精いっぱいというとき、未練たらしく「努力」しようとする必要はない。そんな「努力」ならしないほうがよっぽどましである。
そういうときは、さっさと寝てしまうとか、好きなことをして気分転換を図ることで、中身を取り戻すべきなのだ。スッキリしてから再びとりかかったほうが能率があがる。それに中身のない努力のポーズを長く続けていると、いつしかそれが習慣になってしまい努力の成果があがらなくても平気になってしまう恐れがある。

 いくら努力しても実質がともなわないときというのは誰もが経験する。そういうときに備えて、ふだんから自分のやりたいことリスト化しておくとよい。いわばスランプ用の行動スケジュールである。たとえば読みたい本、みたい映画、会いたい人…こうしておくと、調子をくずしたりスランプになったとき、あせったりがっかりしたりしないですむ。
 むしろスランプを心待ちにする(?)ようになるかも知れない。スランプになれば待ちに待った好きなことをやれる。早く来い来いスランプさん。こうしてスランプになることを期待していると、意外にスランプはやってこない。かりにきても楽しい気晴しができて、勇気百倍またヤル気が出てくる。

 5.は離陸直前状態である。
飛行機が空港を離陸するときのことを考えてみる。管制搭の指示でまずエプロンから滑走路に出た機体は、離陸OKのサインで、滑走路を走りはじめ、だんだん加速し時速200数10キロの状態にならないと飛び立つことができない。そのために1定の滑走路の長さを必要とする。
そして地上での加速状態のときのほうが、高度1万メートルの空気抵抗の少ない空中を時速8、900キロの猛スピードで飛ぶときよりもはるかに多くのエネルギーと神経を必要とする。物事は何でもはじまりから軌道に乗せるまでがたいへんだということだ。
 いったん軌道に乗せてしまえば、あとは決められたマニュアルに従って機械的に事を運んでも目標に到達することができる。始動の苦労が最後まで続くと考える必要はないのである。
飛行機が静止状態から滑走路を走りはじめたときに話をもどす。滑走路を猛烈なスピードで走っているのにまだ離陸できない状態が何秒か続く。このときの機体の努力はほとんどマキシマムに近いものである。人間であれば、自己のもてる能力を最大限に発揮して何事か目的に迫ろうとしているわけだ。
だがまだ結果が出ていない。機体はまだ1センチも地上から離れていない。こんなに必死に努力しているのに、なんで結果が出ないのだ。まだ飛び立ってないある瞬間をとらえれば、こういう気持をもつこともあるだろう。

 離陸直前の状態であるのに、自分で悲観したり疑問をもったりして、努力を中途で放棄してしまう。飛行機でいえば飛び立つ前にブレーキをかけてしまうようなものだ。これで何の障害もなかったのに離陸に失敗する。あとほんの少し耐えていれば、自然に機体は浮き上がったはずなのに…。あと1歩のこらえが足りなかった。これはパイロットの判断ミスだが、仕事や何かを学ぶ場合でも同じようなことがよくある。
必死の努力に対し、いくつかのマイナス情況が出現し、気がめいって自分のしていることに自信がなくなってくる。雨が3日も続くと「もう永久に晴れた空は見られないのではないか」と思う。だがどしゃぶりの雨が降っているときでも、飛行機で雨雲を突き抜けてはるか上空に出れば、そこはいつもと変わらぬ陽光が見わたすかぎりの雲海にさんさんと降りそそぎ、空は抜けるように青いのである。

 このように、原則として、時間の量と仕事の成果とは比例しないと考えてことに当たったほうがいい。それを前提に、以上の5点の有無を洗い直し、訂正すべき点があれば訂正していく。
 そうすれば仕事の時間効率はグンと上がる。時間をかければかけるほどいい仕事ができる、そんな水準までレベルアップする。