第14講 かけた時間に仕事の成果が比例するとは限らない

 

弁護士・公認会計士・通訳 黒川康正

 

 スポーツにせよ、学問にせよ、仕事にせよ、必ずしもかけた時間の量に正比例して実力が伸びていくとは限らない。自分としては時間を努力しているつもりだが、成果が目に見えてあらわれるどころか後退しているのではないかと思うほど成果がのびないこともある。そのために悩んだり挫折感を味わう人も少なくないだろう。
 しかし悩む暇があったら、その時間を使って、なぜ努力と成果が正比例しないのか、その原因を考えてみることのほうがよほど役に立つ。原因がわかればおのずと対策が生まれてくる。努力と成果が1致しない、あるいは逆比例する原因として次の5つの場合が考えられる。
   1. 努力の方向の不1致
   2. スピード不足
   3. 未熟なやり方
   4. 中身がからっぽ
   5. 離陸直前状態
 これらの原因があるとき、努力はかならずしも成果に正比例しない。逆にいえば、これらの理由がクリアされていれば、努力の量は仕事の成果に比例する。つまり、時間をかければいい仕事ができるのである。

 1.は努力の方向ないし、時間をかけるべき対策を間違えているケースである。

 どんなに努力をしても、その方向をまちがえば、いつまでたっても目標には到達しない。それどころか逆方向へ向かってしまい、かえって目標から遠ざかることさえある。こういう愚をおかすのは、行先を確認しないで、そこに来たバスに飛び乗るようなことをするからである。 たとえば国家試験を受けようとする。そうすると分厚い参考書をたくさん買ってきて、最初の1ページから最後のページまで、1字1句丸暗記しようと4苦八苦する人がいる。あるいは、1日に八時間も十時間も机の前にすわって、ひたすら参考書とにらめっこをしている人もいる。
 私にはこれらが、ある目標をもった人間が、その目標へ到達するための客観的にまじめな努力をしているとは思えない。極論すれば、趣味で筆記用具を動かし眼球の運動をしているとしか思えない。弁護士に、検事に、あるいは裁判官になろうと思って司法試験を受けることと、法律の学者になるのと、単なる物知りになるのとではそれぞれ目標もちがうし、努力の仕方もちがってくる。参考書を1字1句読んで暗記し理解しようとするのは、単なる物知りになるためにはいいかも知れないが、少なくとも司法試験に合格するための勉強法ではない。

 ではどうしたらいいか。それにはまず「敵を知れ」ということだ。敵を知ればその敵を倒すための戦術、戦略が見つかる。司法試験でいえば満点をとる必要はさらさらない。六割か七割できればいい。それをよく頭に入れれば、何冊もある分厚い参考書を隅から隅まで覚える必要はまったくないことがわかる。
 何かを学ぶ場合でも、あるいは仕事でも同じことで、自分のしている努力を最大限に生かすよう配慮をしないと、汗水たらして結果はゼロということになる。
 自分が人並以上の努力をしているのに成果がさっぱりという人は、まず自分の努力の方向が正しいのかどうかということについて十分に検討してみる必要がある。

 2.はスピード不足のケースである。

 たとえば努力によって自分は0から5まで進んだとしても、平均的な人が七まで進んでしまえば、その期間に差し引き2だけ後退したことになる。全員が1定速度で動いている中で、自分だけ平均的スピードより遅ければ、いくら努力しても伸び悩むのは当然である。その中で伸びていくためには、平均的スピードを上回る必要がある。それをするのは1見たいへんなようだが、実はたいしてむずかしくない。
たとえば時速210キロで走る新幹線ひかり号に乗って、最後尾から先頭に向かってゆっくり歩いている人は、その新幹線よりもスピードが早いのだ。また動いているエスカレーターにボケッと乗っているだけでも、平行した階段を努力して歩いている人とほぼ同じスピードをもっている。
エスカレーターに乗りながら歩いて昇って行く人は、エスカレーター全体の流れより早くなる。しかしその人は階段を昇っていく人とくらべ、そうたいへんな努力をしているわけではない。こうした例からスピード不足を補う方法がわかる。
自分が他人よりスピード不足とわかったとき、たいへんな苦労をしなければならないなどと悲観的になる必要はない。できるだけ早い乗りもの、あるいはみんなと同じ乗りものに乗り、その中でちょっと前方へ向かって歩けばいいのだ。
要は1般のスピードと自分のスピードを比べ、どれだけの差があるかが問題なので、平均的な速さより何倍も早い必要はなく、ほんのちょっと早ければいいのである。
 いくら努力しても成果があがらない人は、その努力を他と比較したとき、スピード不足であることが考えられる。この欠点を直すには、まず自分のスピードと他のスピードとの差を測定しなければならない。差がわかったらそれを埋める方法を考え、次にそれを上回るための方法を考える。それが合理的な努力な仕方である。