第3講 相続税対策の考え方


弁護士・公認会計士・通訳 黒川康正

 

  相続税対策の大きな考え方は、相続税の計算過程から必然的にでてくる。
 相続税額を低くするには、各計算要素について、たとえば、次のように税額を減らす方向へ動かせばよい。

1.相続財産額を少なくする、
2.相続財産のうち非課税財産の割合を大きくする、
3.債務を大きくする、
4.葬式費用を大きくする、
5.相続人に対する三年以内の贈与を少なくする、
6.基礎控除額を大きくする、
7.税率を低いものにする、
8.各種税額控除等を大きくするなど……。

 以下、これらの具体的な方法について、さらにそれぞれいくつかの例をあげてみていくことに する。

 第1 相続財産額を少なくする

1.生前贈与の活用
 生前に贈与すれば、その分だけ相続財産を減らすことができる。その際、贈与税のことを考慮しなければならない。原則として受贈者1人あたり、1年間に110万円を超える贈与を受けると贈与税の対象になる。そこでできるだけ、贈与税のかからない範囲で行なう。
 これに関して、従来、相続対策として負担付贈与がよく使われてきたが、最近その取扱いが変更されたので注意を要する。

2.評価の差の活用
 相続財産額を少なくする方法の一つは各種財産の評価方法の差の活用である。同じ1億円の値打ちの財産でも、現金や預金の場合は相続税上の評価も1億円だが、それが土地であれば、半額程度でしか評価されないことも多い。となればそれだけ相続財産額が低くなる。
 これは土地に限らず、建物や株式あるいは、ゴルフ会員権その他時価と相続税評価額とに差があるものすべてに応用できる。

3.評価を低くする
 上場株式と異なり、非上場株式については、相続税上独特の評価方法をとる。その評価の要素を動かすことで、評価を低くすることもできる。
 更地の上にアパートなどを建てて貸すと、相続税上、貸家建付地として扱われ、更地の場合と比較して一般に2割程度評価減できる。
 宅地の評価については路線化方式と倍率方式があるが、路線化方式において角地のように複数の道路に面する場合は、評価が高くなる。このような場合、その土地を区切って用途を変えるなどにより、角地部分を減らすと、土地全体の評価は低くなる。

4.小規模宅地の評価減の活用
 被相続人(または、生計を一にする親族)が事業用または居住用としていた宅地等のうち、一定の要件に該当すれば、240平方㍍(特定事業用宅地等や特定同族会社事業用宅地等に該当すれば、400平方㍍、貸付事業用宅地等に該当すれば、200平方㍍)までの部分について、原則として、一定の評価減ができる。特定事業用宅地等や特定同族会社事業用宅地等や特定居住用宅地等に該当すれば、80%減、貸付事業用宅地等に該当すれば、50%減である。
 単なる空地にしていた場合には、この扱いができないので、空地を事業用の宅地に変えるなどして、この評価減をはかる。

5.生命保険の保険料負担者をかえる
 生命保険の死亡保険金については、保険料の負担者や受取人をどうするかで、かかる税も相続税になったり、所得税になったり、贈与税になったりする。子供を保険料負担者かつ受取人として、被保険者を被相続人にすれば、所得税の扱いとなり、生命保険金を相続財産からなくせる。

 

 

 第2 非課税財産の割合を大きくする

1.生命保険金の活用
 生命保険の死亡保険金については、<500万円×法定相続人数>が非課税となる。この非課税枠を活用すべきである。また、後にのべるように養子などにより法定相続人を増やすと、その非課税枠も広がる。

2.死亡退職金の活用
 死亡退職金については、<500万円×法定相続人数>が非課税となる。この非課税枠を活用すべきである。また法定相続人数を増やせば、非課税枠も広がる。

3.弔慰金
 被相続人の死亡により、相続人その他の者が受ける弔慰金、花輪代、葬祭料については、原則として相続税の対象とならない。したがって、会社の役員、従業員について退職金などでなく弔慰金にできる範囲では、弔慰金にした方がよい。

4.仏壇・仏具・墓等
 仏壇・仏具などについては、非課税財産になっている。その分類には、墓地、神棚、位牌、仏像なども入る。死亡してから墓地等を購入しても、相続税額を安くすることはできないが、生前に墓地等を買っておけば、その分を相続財産からはずせる。


第3 債務を大きくする

 

 1.借入金による不動産購入
 借金をして土地を買った場合、土地の評価額だけ相続財産額がふえるが、一般に、債務の増加分ほどにはふえない。そこで全体として相続財産額が減り、相続税額が減る。

2.借入金による増改築等
 相続税上の家屋の評価は、固定資産税の評価をそのまま使うことになっている。そして、建築費と評価額との間には、一般にかなりの差がある。そこで借入金によリ家屋を増改築または新築した場合、債務の増加分ほどには相続税上の財産額がふえないため、全体として、相続財産額が減り、相続税額が減る。


第4 葬式費用を大きくする

 常識に外れるようなことがない限り、葬式費用の分だけ課税財産が減る。お寺への支払いなど領収書がないものもあり、とかく計上もれになりがちなので、記録を十分にしてもれないよう注意が必要だ。


第5 3年内の贈与を少なくする

 相続や遺贈によって財産をもらった者が、その相続の開始前3年以内にその相続に係る被相続人から財産を贈与でもらったことがある場合には、その贈与財産の価額が相続財産の額に加算される。この対象となる贈与を少なくすべきである。

1.できるだけ早めの贈与をする
 神ならぬ身、誰しも、死期を完全に予測することは困難である。まだまだと思っているうちに、急に死亡ということもある。したがって、相続はまだまだという時期から贈与を開始しておくのがよい。そうすれば、3年を経過した分から、完全に相続財産からはずせる。

2.相続人以外の者に贈与する
 相続開始前3年以内の贈与がすべて相続財産に加算されるのではなく、相続や遺贈で財産をもらう者に対する贈与だけが加算されるのである。したがって、そのような者をはずして贈与をしておけばよい。たとえば、息子の嫁、娘の夫、孫、おい、めい、など。

3.贈与税の配偶者控除の活用
 相続前3年以内の贈与でも、後にのべる居住用不動産についての贈与税の配偶者控除の場合は、相続財産に加算されない。そこで、これを活用できる資格のある者はできるだけ活用する。


第6 基礎控除額を大きくする

 基礎控除額は<3000万円+600万円×法定相続人数>で計算される。そこで基礎控除額をふやすということは、この法定相続人をふやすことになる。

1.配偶者をつくる
 節税という観点からは、独身者や配偶者に先立たれた者で結婚(再婚)してもよいと思いつつ相手を籍に人れていない場合には、早めに籍を入れておくべきことになる。なお、配偶者がいると、単に基礎控除額がふえるだけでなく、後にのべる配偶者の税額軽減の活用にもつながる。

2.子供をふやす
 子供をふやす場合には、実子をふやす場合と、養子をつくる場合とがある。養子をつくる場合は、孫、息子の嫁、娘の夫などを養子にする場合が多い。その際、養子については、最近の改正で、相続税の計算上、原則として、実子がいる場合には、養子のうち1人だけを、実子がいない場合でも養子二人だけしか、考慮しないことになっていることに注意すべきである。また、扶養義務や戸籍上の扱い、姓の一致など、十分考慮して決める必要があろう。


第7 税率を低いものにする

 相続税は累進税になっているので、各人の取得金額に対する税率のランクを下げることが税率の引き下げにつながる。

1.法定相続人をふやす
 法定相続人をふやせば、基礎控除額もふえ、また多人数で財産を分けあうので、一人あたりの取得金額が低くなり、税率表の税率のランクを下げるのにつながる。

2.相続財産全体を減らす
 相続財産全体を減らせば、法定相続人一人当たりの取得金額が減り、税率のランクを下げるのにつながる。


第8 各種税額控除等を大きくする

 税額控除にはいろいろなものがある。 たとえば、相続人が未成年者の場合の末成年者控除、相続人が障害者の場合の障害者控除、短期間に相続が重なった場合の相次相続控除、外国にある財産につき、その外国で相続税に相当する税金をかけられた場合の外国
税額控除、そして配偶者についての配偶者の税額軽減などがある。
 これらの税額控除を受ける資格があるときには、フルに活用すべきである。特に配偶者の税額軽減は大幅に相続税を減らせるので活用したい。
 配偶者の税額軽減の適用を受けるためには、現実に遺産分割を終えることがまず必要である。また課税されない最高限度である遺産額の2分の1か1億6000万円のどちらか多い方の額の目いっぱいを遺産分割するのがよい。


第9 将来の相続税の減少

 当面予想される相続についての相続税対策と同時に、その次に起こるであろう相続についても考慮しておくのがよい。

1.遺産分割内容の検討
 遺産分割をする際に、将来値上がりのする土地などを次世代の者に分け、現金、預金などを配偶者などに分ければ、将来、配偶者の死亡時の相続税を軽減することになる。

2.孫への遺贈
 一般に、法定相続人ではない孫に対して遺贈する場合、相続税額は、法定相続人である子供に相続させる場合などに比べて2割アップになるが、世代を飛びこすことになるので、将来、子供の死亡時の相続税を軽減することになる。